今回は、チャタトンが障害物の向こう側へ行き、タンクを装着したら、コーラーからビデオカメラを受けとることになっていた。 必要であれば、将来にそなえてその区画をビデオ撮影するためだc前回とおなじように、タンクの着脱はなんの問題もなかった。
だが、コーラーから手渡されたビデオカメラが作動しなかった。 チャタトンはいらつき、それをコーラーに返すために天井近くまで泳いでいった。
しかし、このときには装着していたタンクがじゃまになって、すきまにわずかに手が届かなかった。 天井のすぐそばに、てこに使えそうな太い鉄骨があった。
その鉄骨をにぎって、身体を引き寄せようとした。 鉄骨は一瞬ぐらついてから下に落ち、チャタトンの膝にあたって、彼をディーゼル・エンジンにたたきつけた。
チャタトンの心臓が激しく打った。 彼は、呼吸を抑えろと自分に命じた。
そして鉄骨を見た。 両端は、まわりにある機械に引っかかっていた。
チャタトンはそろそろと手を伸ばして、膝の上から鉄骨をどけようとした。 陸上なら少なくとも一00キロはありそうなとてつもない重さだ。
それでも彼は、それを持ちあげようとした。 タンクのガスは一気に減った。

力をこめて持ちあげた。 鉄骨は二、三センチ動いてから、遊園地のローラーコースターの安全ベルトのようにびくとも動かなくなった。
さらに力を入れた。 タンクの残量を示すゲージがさらにさがった。
鉄骨は動こうとしない。 チャタトンは自分の脚を動かそうとした。
動けなかった。 窮地に追いこまれた。
チャタトンは自分と対話をはじめた。 「ひとが死ぬのはパニックのせいだ」彼は考えた。
せ」コーラーは、すきまの向こう側をのぞいた。 泥がもうもうと舞っていて、なにも見えなかった。
チャタトンが捜索をはじめたのだろうと思った。 「この問題に集中しろ」チャタトンは自分にいい聞かせた。

「彼らが死んだのは、最初の問題を処理できなかったからだ。 雪だるまをころがすな」チャタトンのゲージはのろのろとさがってゆく。
「この鉄骨がおれに落ちてきた」彼は考えた。 「どうやって落ちてきたかを考えて、その手順をさかのぼればいいだけだ。
冷静に。 これ以上面倒を増やすな。
手順を逆にたどるだけにしろ」チャタトンは心の自で、鉄骨が落ちたときの様子を再生した。 五分かけて、彼は鉄骨を反対方向にそっと押した。
鉄骨は動こうとしなかった。 チャタトンはそのまま精神を集中させて、鉄骨の落下の様子を何度も思い描いた。
さらに五分が過、ぎた。 鉄骨はびくともしなかった。
チャタトンの頭のなかで原始的な本能が暴れまわり、彼に手足をばたばたさせてもがき、叫び、やみくもに突進してくれと懇願した。 彼は、それらの本能に待てと命じた。
タンクのガスはあと五分は持つ。 また頭のなかでフィルビームーゲルをまわした。
呼吸できるのも残り二分となった。 ふたたびチャタトンは鉄骨に手を伸ばした。

これで失敗したら、フィルビームーゲルを再生する時間はもうないだろう。 鉄骨を持ちあげると、カタンと音がして片方の端がはず「三O秒待て。
ちょっと休憩しろ。 自分を取り戻捨て身の計画れた。
もういっぽうの端を押しあげた。 鉄骨が前方に落ちて、膝から離れた。
チャタトンはディーゼル・エンジンから離れ、天井のすきまに向かって、あわてずにすばやく泳いだ。 ゲージの針は、赤の危険域に達していた。
彼はタンクをはずして、まずそれをすきまに通してから、フィンを蹴って、身をくねらせてその区画を出た。 コーラーが近づいたものの、チャタトンがそのまま船体上部に置いたタンクへいくのを、すこし離れたところで見守った。

わずかのちに、チャタトンは小型ボトルに切り替えた。 主タンクのゲージは、ほぼゼロに近かった。
ディーゼル機関室を出たときにはおそらく、残り時間は一分もなかっただろう。 海上の船のなかで、チャタトンはいきさつを話した。
その日船長を務めていたダニー・クロウエルは首をふって、そばにいたダイバーに顔を向けた。 「彼以外のダイパーだったら、沿岸警備隊に遺体回収を連絡しているところだよ」コーラーは真っ青になった。
チャタトンがそんな事故に遭ったとはついぞ気がつかなかったのだ。 「やめだ」コーラーはいった。
「危険すぎる。 この計画じたいが大きなまちがいなんだ。
ジョン、考えなおしてくれ。 これはほんとうにまずいぞ」「ビデオカメラを修理しよう」チャタトンはそういって、クーラーからソーダを取りだした。
「二本めのダイブでは、フィルビームーゲルをたくさんまわすぞ」コーラーはその場を離れた。 「こっちの頭がおかしくなりそうだ」彼はつぶやいた。
数時間後、ふたたびチャタトンはディーゼル機関室にはいり、コーラーは穴の外に浮かんで待っていた。 こんどはカメラが動いた。

チャタトンは四角いハッチを抜けて、電動機室へはいった。 彼の周囲で、半世紀分の泥が雲のようにもくもくと湧いた。
チャタトンは、これまでの調査で判明している、部品箱や艦名タグがありそうな場所にカメラを向けた。 水中ではつねに、カメラは人間の目よりもよく対象をとらえることができる。
視界がゼロに落ちたので、チャタトンは電動機室を出て、コーラーがいるところまで泳ぎ、カメラを渡した。 タンクをはずして、苦痛を感じずにできるようになってきた。
ディーゼル機関室から出た。 遺物はなにも拾わなかった。
きょう一本めのダイブで、まさに命を落とすぎりぎりまでいった。 でもいまはビデオがある。
船へ戻ってスーツを脱ぎ、港へ帰る途中、チャタトンは協力してくれたコーラーに礼をいった。 「つぎのツアーで、おれは箱を見つける」チャタトンはいいきった。
アーで決まりだ」「そんな予感がする。 つぎ」のツ〈UWho〉のつぎのチャーター・ツアーは、一週間後の一九九七年八月三二日に予定されていた。
チャタトンは、それまでの時聞を利用して、撮影したビデオを研究した。 三、四個の箱が積まれているらしき場所を発見した。

つぎのダイブで決まるという思いはいよいよ強くなった。 家に帰ったコーラーは自分と苦闘した。
友人でありパートナーでもある男が、溺死まであと一分にせまったというのだ。 それでも懲りずにつぎの日曜にチャタトンはまたそこへ行って、部品箱を回収する計画を立てている。
電動機室は、最悪の悪意に満ちた針金や管ゃぎざぎざの金属や泥が密集した場所であることが、コーラーにはわかっていた。 同時に、チャタトンの気持ちもわかっていた。
つぎからの日曜には、あの友人は正解を得られないまま、あの区画を脱出する前にタンクを空にするだろう。 日曜に、あの沈没船のなかで友人は死ぬだろう。
コーラーは、手を引くことを決心した。 乗組員の遺族や歴史に対して事実をあきらかにしたいとどれだけ強く望んだところで、溺れ死んでゆく友人のそばにいながらなにもできなかったという思いは一生消えないだろう。
しかし、決心を伝えようといくどとなく受話器を取りあげるたびに、結局最後はそれを戻した。 沈没船のなかで友が死ぬのを見守る以上に耐えられない展開がひとつあるのではないか。
日曜日が近づくにつれて、その最悪の展開とは、友が死んでゆこうとしているときに、自分は家にいて、その知らせを待っていることだとはっきり悟ったのだった。 捨て身の計画一九九七年八月三O日日曜日の夜、桟橋を離れた〈シーカー〉は〈UWho〉をめざして進んでいた。
チャタトンとコーラーはほとんど話さなかった。 ふたりとも、きょうがその日だとわかっていた。

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